創造性と素養

 ちょっと怪しい、だから面白い。それは「感性」や「センス」だけでなく、「創造性」でも同じ。こう言ってしまうことで生じる“うさんくささ”や“イデオロギー”を指摘するのは難しくないと思う。しかし、それでは何がこのように言わせてしまうのかはわからない。言葉にならない何かを、どうしようもなく言葉にするしかないところで、苦肉の策のように語り続けてきているものがあるのではないか。そんなことに関心をもつ僕にとって、ジェイソン・トインビー著/安田昌弘訳『ポピュラー音楽をつくる:ミュージシャン・創造性・制度』(みすず書房、2004年)は、面白かった。
 
 ポピュラー音楽が制作される過程が「創造性」という言葉で見えにくくなっているところを「社会的作者の素養」として理解するべきであるという点、「創造性」というものが何によって構成されているのかと考え、それを「日常的かつ協働的な行為」としてみる点、については同感。「社会的労働が個人的表現という言説と出会う時に立ち現れる矛盾」を前にして、創造的行為を、そのイデオロギー的機能にすべてを回収するのではなく、イデオロギーに回収しないところでコミュニティやアイデンティティの形成がどのようになされているのかを丁寧に言語化してみることが重要なのである。この意味において本書は、ミュージシャンを到達不可能な対象として知るものではなく、私たちのこととしてミュージシャンを知る試みなのである。
 
 クリエイターを「社会的作者」と捉え、そのリテラシーや学びを「素養」と捉えている点、ブルデューの「ハビトゥス」や「場」、ベッカーの「資材置き場」や「編集的契機」、バフチンの「複数言語状況」やそれに関わる統語論への関心などは僕の方法論的関心と重なるところでもある。しかしながら、トインビーが「創造半径」というかなり大味な分析枠組み(?)によって「社会的作者の素養」を解明しようとする点にはやや粗末な印象をもった。それよりも説明的なのはミュージシャンの「統語論」。作品を「作者によって織り合わされる多様な言葉」とする場合、作者は「連続的な発話の戯れ」やその「並列的な分節化に対する強い感性」をもつ「編集者兼パロディ役者」だという。つまり、どんな私にでも「他者」が住み着いており、その他者(とその言葉)の関係においてでしか作品は成立しない。作品が「素養」の「混合物」であり、作者が「社会的」であるとは、この意味においてなのである。
 
 興味深かったのは、トインビーが引用したベッカーのいうところの「編集的契機」についての考察部分。ベッカーにとって芸術制作における重要な転機は、「創造的行動の前の選択の瞬間である」という。しかしながら、その「選択」は創作者が自覚的に行っているかどうかは明確ではなく、「選択肢について思案するための、よく発達した言語さえないこと」が少なくないというのだ。
 

ジャズミュージシャンは「スウィング」するとか、しないとかという言い方をする。演劇関係者は、ある演出が「効いてる」とか「効いてない」とか言う。いずれの場合も、一番博識な当事者でさえ、こうした術語に習熟していない人にそれが何を意味するのかは説明することは出来ない。(Becker, H. 1982 "Art Worlds" Berkeley : University of California Press, p.199)


 これを受けたトインビーは、「こうした術語に実際に意味を与えているのは共有されている規格の実践的な把握、つまり、自分自身をオーディエンスに予想される反応のほうに近づけてゆくことからえられる知識にほかならない」としている。やや飛躍を感じなくもないが、重要なのは、言葉は「実践」のなかにあり、その「実践」においては他者が存在していることを捨象してはならないということだろう。自分が何かを「選択」するという判断には、その「選択」が反映されるはずの他者が存在するのだ。
 
 とかく「創造性」となると、その作者の主体的能力に還元されがちである(そのほうが説明しやすい)。しかし、その主体形成そのものが他者との関係のなかにあることを丁寧に示すことによって、作者の「創造性」が私たちの生活文法と大きく変わらないものであることが少しずつ見えてくる。「創造とは大げさな素振りではなく、小さな行動の蓄積を伴う」こと。しかしながら、「利用できる創造的選択肢の欠乏にもかかわらず、かくも非凡な音楽が制作されうること」とは、「創造性」として同時に認められるべきだろう。だから、過剰な「ロマン主義」にも反「ロマン主義」にもになる必要はないと思う。そういう立場は、特別なことではない「創造性」を「怪しく」してしまう面があるのだ。地味といえば地味、当たり前といえば当たり前のことなのであるが、私たちのこととしてミュージシャンを知るということは、トインビーが本書で示したようなことなのだと思う。

ポピュラー音楽をつくる―ミュージシャン・創造性・制度

ポピュラー音楽をつくる―ミュージシャン・創造性・制度

Art Worlds

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