2010-01-01から1年間の記事一覧

満たされているようで、満たされないあの感覚

デザインのことを書く機会が多いからか、美大出身と思われることがある。そのように思われてしまうのは仕方のないことだが、個人的にはそのように理解したくなってしまうこと自体を問題にしてきている。デザイン(や美術)は、それくらい自分とは別の世界の…

有名性と文化人

南後由和+加島卓(編)『文化人とは何か?』(東京書籍、2010年)に関するワークショップを、日本マス・コミュニケーション学会@東京国際大学で行うことになりました。執筆者の多くが揃う機会ですので、この機会にご批判やご感想を拝聴させて頂けると幸い…

『文化人とは何か?』

南後由和+加島卓(編)『文化人とは何か?』(東京書籍、2010年)が刊行されました。誰も深くは信じていないのに、どういうわけか語り続けられてしまう形象としての〈文化人〉。私たちは〈文化人〉という「何か」をうっかり口にしてしまうが、その中身や境…

デザイン・フェスタ:無審査という理念

かつての勤務先というのは、今になって訪れるのが、どこか恥ずかしい場所である。だからこそ、簡単には足を運ばないし、行ったところでそっけなくしてしまう。いや、実はこれも甘えであって、やがては消えるのであろう「あの時の思い出」との戯れであり、ま…

『ソラニン』の語り切れなさ

好きな作品について語ろうとして、失敗することがある。なぜなら、好きな理由が「作品そのもの」にあるというよりも、「作品との関係」にあるからである(昔はどうでもよかった曲が、あいつとの思い出のなかで、いい感じに聞こえてくる…)。それゆえ、その関…

デッサンからの離脱を楽しむ

「美術の見方が分からない」。本気かどうかはともかく、このように前提されるからこそ、「美術の見方」を語る人がいる。しかし、その人が何を言っているのかが、わからない。いや、その人が何を前提としているのかがわからないので、何を語られても、その人…