満たされているようで、満たされないあの感覚

 デザインのことを書く機会が多いからか、美大出身と思われることがある。そのように思われてしまうのは仕方のないことだが、個人的にはそのように理解したくなってしまうこと自体を問題にしてきている。デザイン(や美術)は、それくらい自分とは別の世界のことと思われやすく、またそうした理解に乗っかることで、デザイン(や美術)はそれなりの展開をしてきたのだと思う。

 こうした一般大学/美術大学という区別は、受験勉強から入試までが異なることもあり、それなりの社会的事実である。ところが、1990年代半ば以降、こうした区別の滲みが見えやすくなったとも言える。

 例えば、私自身がそうであったように、美大を経由せずにコンピュータのアプリケーションを使いこなすことで、ほどほどのデザイナーとして働けるようになった。また、他方の美術大学では少子化を睨み、デッサン入試を前提としない学生をそれなりに受け入れ、作品制作に還元されない卒業生を送り出すようになった。こうして一般大学/美術大学という区別は、とりわけ「出口」において見えにくくなり、その効果として「なんとかデザイナー」がぼんやりと並列的に増殖するようになった。

 要するに、一方に(理工系を含む)一般大生の美大生化があり、もう一方に美大生の一般大生化がある。前者においてはデザインの認知科学化に伴うユーザーの積極的な取り込みとデザイン概念の拡張が、後者においては素朴な序列化を拒み始めた作品制作と美術批評が効いている。ヘタウマの肯定やゆるキャラ的な形象のだらしない繁茂、また市民参加型の表現の肯定やフラッシュ/動画の職人の居直り的態度など、1990年代半ば以降の「本当にこれでいいのか?」と思いつつ、誰も決定的な表現や批評を提出できないあの感覚は、こうした両者の循環において現象してくる。

 このように考え、「ユーザーフレンドリーな情報デザイン:Design of What?」と「美大論:専門教育の境界の融解」という論考を仕上げた。それなりに満たされているようで、どうにも満たされないあの感覚は、「市民」的な平均値の上昇に伴うデザインの見え方の変化と、そうしたデザインを緊張感なく語れてしまうことに伴う結界の生じなさが旋回することで、ぼんやりと生まれてくる。

 それを喪失と事後的に捉え、人間学的な回収を急ぐ向きもあるだろう。しかし、そうしたゆるゆるな社会的現実においてこそ、初めて見えてくる独特の緊張感もある。また、このように諸事象が並列的に展開・配置されるからこそ、お互いにわかり合うつもりがないことをあてにした相互浸透の秩序がチラつくこともある(相互不浸透の相互浸透)。その意味で、喪失と嘆いた程度では外部には出られない現代社会の機序に関心のある方に、遠藤知巳(編)『フラット・カルチャー』(せりか書房、2010年)を読んでもらえると幸いです。

遠藤知巳(編)『フラット・カルチャー』(せりか書房、2010年)

序論 フラット・カルチャーを考える 遠藤知巳

I 社会の風景
【カフェ】記号としての「カフェ」 西野淑美
ユニクロ】二〇〇〇年代的ファッションの位相 中村由佳
【ショッピングセンター】モール化する世界  若林幹夫
【ファストフード・ファミレス】ひとりで食べるひとたちの場所 宇城輝人
【ネットカフェ】メディア都市の公共性  田中大介
【東京】集積の零年代 平井太郎
【自動車】どこへも行ける/どこへも行かない 深澤 進
【IT企業】IT長者と宇宙ビジネス 青山賢治
【カリスマ、セレブ、イケメン】単独者なき卓越 若林幹夫
【大学教育】美大論――専門教育の境界の融解 加島 卓
【スピリチュアル】消費社会のなかの宗教 貞包英之

II フラットな快楽
【J‐POP】J‐POPほどフラットなカルチャーはない 阿部勘一
クラシック音楽クラシック音楽受容の現在 田代美緒
【アート】アートにおけるフラットさ 杉平 敦
ヴィレッジ・ヴァンガードキッチュなマニア――フラット化した「趣味」の世界 清水 学
【カルチャーセンター】カルチャーセンターの「深さ」と「浅さ」元森絵里子
【検定】「できる」ことの誘惑――検定・脳トレ・勉強法 近森高明
世界遺産世界遺産ゲーム――表象としての「世界」 加藤裕治
【デザイン】ユーザーフレンドリーな情報デザイン:Design of What ? 加島 卓
ノスタルジアノスタルジア映画をめぐる新たな快楽 角田隆一
ライトノベル】「軽い(ライトな)」小説の位相 遠藤知巳

III 私的空間の圏域から
【家族イメージ】「対等化する家族」の語り 野田 潤
【子どもへの視線】おとなしい子ども・やさしい大人――反抗期の変容 元森絵里子
【子ども文化と大人】変身ヒーローものを楽しむ「大人」たち 若林幹夫
【教育産業】投資としての教育 秋元健太郎
【建築とブランド】デザイナーズ・マンションの因数分解 南後由和
タワーマンション】住居と感覚水準――超高層住宅論 貞包英之

IV ネット/メディアのなかの文化
【お笑い】テレビ的「お笑い」の現在 近森高明
【ググれカス】検索への浅い信頼 菊池哲彦
【動画/二次創作】ネット時代の映像文化 菊池哲彦
フラッシュモブフラッシュモブ2ちゃんねるオフ 伊藤昌亮
やおいとBL】やおい/BLをめぐって 守 如子
ツンデレツンデレという記号 菊池哲彦
【ケータイ】待ち合わせの変容 田中大介
【ポップ広告】ポップ広告のある風景 小倉敏彦

V 言論の多重と平板
【マスコミと言論】新聞的「言論」の現在形 遠藤知巳
【ネット言論】フラットな板と「ウヨサヨ」ゲーム 野上 元
コンプライアンス】公共性の拡張――コンプライアンスと道徳主義 加藤裕治
【政治】選挙カーツィッターのあいだ 五十嵐泰正
【「社会と個人」の現代的編成】フラット「化」の語り方 北田暁大
社会学/「社会学」】背中合わせの共依存 あるいは「殻のなかの幽霊(ゴースト・イン・ザ・シェル)」 佐藤俊樹

文献一覧
あとがき 遠藤知巳
http://www.serica.co.jp/298.htm

フラット・カルチャー―現代日本の社会学

フラット・カルチャー―現代日本の社会学