2021年:回顧と展望

 コロナ禍二年目。オンライン授業に慣れて少しは楽になるかと思ったが、昨年とは質的に異なる疲れを感じた一年だった。四月からの緊急事態宣言下では飲食店のラストオーダーに合わせて移動する生活が長く続き(研究室を18時に出ないと間に合わない…)、またライブなどでストレスを発散する機会も少なく、なかなか思うようには過ごせなかった。7月と8月にワクチンを接種し、感染者数が減り始めた9月から少しは楽になるかと思いきや、これまでの疲れがどっと出てペースを落とすことに。はい、「中年」をちゃんと受け入れた年になりました。
 今年の業績は以下のとおり。

・「デザイン選考における専門家と市民の関係:2025年大阪・関西万博ロゴマークと2020年東京大会エンブレムの比較」『東海大学紀要文化社会学部』(第5号)、東海大学文化社会学部、2021年2月、pp.1-22、https://researchmap.jp/takashi-kashima/published_papers/32109136
・「2020年オリパラ東京大会のデザインを振り返る」、Tokyo Art Beat、2021年10月21日、https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/olypara2021_series1_

 専門家と市民の関係については科学技術社会論で長らく論じられてきたが、いよいよデザインの専門家も市民参加を無視できなくなった。「みんなが褒める専門性」から「みんなが突っ込める専門性」への移行期なんだと思う。
 こうした市民参加を「新自由主義」と結びつけて理解するかどうかは、議論がわかれるところ。市民参加を行政のコストカットと見なして一足飛びに批判するのではない社会学的な記述を目指したのが、関東社会学会での研究委員会の活動。6月のテーマ部会は盛況だったが、来年は解題に何をどのように書けばよいのか…。

・加島卓+元森絵里子「解題 第68回大会テーマ部会B報告 : ワークショップ時代の統治と社会記述 : まちづくり・ワークショップ・専門家」『年報社会学論集』(第34号)、関東社会学会、2021年7月、pp.29-36
・(司会)「ワークショップ時代の統治と社会記述――現代史の社会学的再考――」関東社会学会研究例会、2021年3月21日、オンライン、http://kantohsociologicalsociety.jp/meeting/information.html#section_2
・(司会)「ワークショップ時代の統治と社会記述——「新自由主義」の社会学的再検討」第69回関東社会学会大会テーマ部会B、2021年6月12日、オンライン、http://kantohsociologicalsociety.jp/congress/69/points_themeB.html

 延期されていた「佐藤可士和展」も二度目の緊急事態宣言下に開催され、三度目の緊急事態宣言で会期が予定よりも早く打ち切りに。この展示も評価がわかれたのだが(https://oxyfunk.hatenablog.com/entry/2021/04/29/182859)、この仕事をきっかけに「デザイン・ミュージアム」について本格的に考えるようになった。文化資源学会での報告を通じて、業界団体や経済産業省から声がかかるようにもなった。また、東京都現代美術館で開催された「石岡瑛子展」の図録解説に博論本への言及があったのはとても嬉しかった。

・「佐藤可士和論」、『佐藤可士和展 公式図録』国立新美術館、2021年2月、pp.283-299、https://www.asahi.com/event/SDI202103036216.html
・Takashi Kashima, Kashiwa Sato: Sociology-Based Study of Design in Japan, in Kashiwa Sato, eds. The National Art Center (Tokyo: TBS):340-357
・「デザインを展示するとはいかなることか」文化資源学会特別講演会、2021年7月18日、オンライン

 今年の一冊を挙げるならば、トーマス・S・マラニーの『チャイニーズ・タイプライター』。これは書評を書く機会までいただき、本当にありがたかった。新聞書評(900字)は最後の150字くらいで勝負するのだが、その前置きがいかに大変なのかを知った。マスコミ学会でのワークショップでは仙台にある古本屋「火星の庭」の前野久美子さんらとやりとりできたのが楽しかった。

・「漢字実装めぐる苦闘の物語:書評『チャイニーズ・タイプライター』」『日本経済新聞』2021年7月10日朝刊、https://www.nikkei.com/article/DGXKZO73728030Z00C21A7MY5000/
・「都市と広告」、横浜国立大学都市科学部(編)『都市科学事典』春風社、2021年、pp.620-621
・(討論者)「書店がつなぐローカルとパブリック――小さな経済とコミュニティの可能性」日本マス・コミュニケーション学会2021年春季大会、2021年6月6日、オンライン

 年末に柏木博先生がご逝去(https://www.yomiuri.co.jp/culture/20211215-OYT1T50223/)。竹尾賞をいただき、博士論文の審査をしていただき、『オリンピック・デザイン・マーケティング』の帯に推薦文も書いていただきました。実は二ヶ月までメールでやりとりをしていたので、突然のお知らせに驚きました。ご冥福をお祈りいたします。

 来年は英語論文がいくつか出る予定。国際ジャーナルに"Design history of the Tokyo 2020 Olympic Games: Emblem Selection and Participatory Design"(査読有り)、紀要に「2020年東京大会エンブレム問題と社会学的記述」の英訳版、それからドイツで出版される Why Art Criticism? というReaderに"This Excess Called Lassen: What is it that Art History Cannot Write?"というラッセン論が掲載されます。海外の研究者との交流が進んだのは嬉しかった。

 あとは、『デザイン史の名著(仮)』ですね。柏木博先生にも執筆を宣言しておりましたので、来年こそこれを書き進めます。本年もお世話になりました。来年もどうそよろしくお願いします。

佐藤可士和展について

 緊急事態宣言の発出に伴い、国立新美術館佐藤可士和展」が予定よりも早く終了。展覧会については、五十嵐太郎さんによる展覧会評がポイントを抑えている(https://artscape.jp/report/review/10168018_1735.html)。ここで注目したいのは「セルフ・プロデュースのデザイン展」と「学芸員のキュレーション」の関係で、ミュージアム関係者からは後者をもっと見せてほしかったという声を少なからず聞いた。「せっかく国立新美術館でやるのだから…」というわけである。
 この点について担当学芸員は「今回の展覧会が特別なところは、可士和さんご自身が出品物の選択や構成だけではなく、空間全体をディレクションなさっている点。可士和さんがすべてをディレクションすることが、クリエイティブディレクターの展覧会として非常に重要で、可士和さんにしかできない空間構成になっています」と説明している(https://6mirai.tokyo-midtown.com/project/pjt07_27_01/)。「セルフ・プロデュース」や「学芸員のキュレーション」というより「すべてをディレクションすること」を依頼した、というわけである。
 それでは、どうしてこのような関係になったのか。一つには、そもそもデザインはクライアントや消費者に使ってもらうために作られており、鑑賞目的には作られていないことが挙げられる。今回の展覧会で佐藤可士和は自らの制作物を現代美術作品の素材のように扱っている(巨大なロゴの展示)。つまり「商品」を「作品」に変換する作業が今回の展覧会では必要だった、と考えられる。
 二つには、ホールのような巨大空間を展示スペースにした国立新美術館が会場だったことが挙げられる。今回の展覧会で佐藤可士和は展示スペースを博覧会会場のように見せている(セブンプレミアムや日清カップヌードルミュージアムUNIQLOのUTストアなど)。つまり「店舗」から「企業パビリオン」に変換する作業が今回の展覧会では必要だった、と考えられる。
 三つには、佐藤可士和には空間デザインの業績も多いことが挙げられる。五十嵐太郎さんが「建築家の展覧会がしばしばそうなるように、セルフ・プロデュースのデザイン展だろう」と書いているように、展覧会を自分でディレクションすることは空間デザインの専門家によくあることなのかもしれない。
 このように考えれば、担当学芸員佐藤可士和に「すべてをディレクションすること」を依頼したのもわからなくはない。「商品」をいかに「作品」に見せるか、そして「店舗」とは異なる空間をどのように作るか、さらに空間デザインにも詳しい佐藤の専門性を踏まえれば、それなりの理由があったと言えそうである。
 しかしながら、今回の展覧会はここで指摘した三つのことを展覧会の会場で十分には伝えていなかったようにも思う。そのため、よくある展覧会と同じように鑑賞すると「商業的」に見えることが気になってしまう。これはもったいない。「商品」を「作品」に変換していること、「店舗」を「企業パビリオン」に変換していること、そしてこうした変換こそ佐藤による空間デザインの評価できる点であることなどを入口などで丁寧に説明していれば、「こういう展示の仕方もありなのか!」と国立新美術館の使い方を広く楽しんでもらえたように思う。
 ミュージアムにおけるデザインの展示は、簡単なようで難しい。「キュレーターが考える見せ方」と「デザイナーが考える見せ方」の二つがあって、最近は両者がアイデアを出し合っているように見える(https://designmuseum.jp/)。さらにこれに「クライアントが考える見せ方」や「ユーザーが考える見せ方」を加えると、ミュージアムでの展示にこだわらないほうが「デザイン」の固有性を適切に伝えられるのではないか、と考えている。
 ご覧になれなかった方は、公式図録をお求めいただけると幸いです(https://kashiwasato2020.com/goods/zuroku/)。

ワークショップ時代の統治と社会記述:現代史の社会学的記述

関東社会学会研究委員(テーマB)より、2021年3月21日(日)の研究例会の告知です。

テーマ:「ワークショップ時代の統治と社会記述:現代史の社会学的記述」
日時: 2021年3月21日(日) 14:00~17:00
場所:オンライン開催(ZOOM)
報告者:
林凌(東京大学大学院)「現代社会を消費社会として記述するために――統治術としての消費者主権/消費者志向」
元森絵里子(明治学院大学)「「子ども/大人」の統治・社会の記述――脱学校・まちづくりから教育保障・専門職ネットワークへの言説変容のなかで」
ファシリテーター: 加島卓(東海大学)、牧野智和(大妻女子大学
http://kantohsociologicalsociety.jp/meeting/information.html#section_2

例会に参加を希望される方は、https://forms.gle/djWhBbHDZMEhPnRE7 よりお申込みください(2021年3月15日締め切り、でも若干遅れても大丈夫です…)。

2期共通テーマ「ワークショップ時代の統治と社会記述」とは

 本テーマ部会では、現代社会の記述の困難について議論していこうとしています。かつて、国家権力―住民自治、専門家支配―市民参画、教育―遊び、労働―余暇のように、近代的な大文字の諸価値に新しい価値を対置するという対抗図式が各分野で用いられ、社会学者もそれに掉さしてきました。逆にある時期からは、住民自治や市民参画の理想を掲げることが、コストカットと自己責任を旨とする新自由主義の統治を下支えしてしまう可能性を反省的に指摘することが、社会学者の役割のようになったりもしました。
 しかし、そうこうしているうちに、「自治」や「参画」や「選択」の理想は、対抗的なトリックではなく、新自由主義的な自治体政策(統治のモード)のなかに組み込まれて久しくなりました。「〇〇化社会」式のグランドセオリーも、「新自由主義」だという批判も、それが私たちの日常に根付き、そのなかで切実な実践が行われている現状に対し、空を切ってしまう感があります。タイトルになっている「ワークショップ時代」とは、このような時代を大まかにイメージしています。コンサルタントやマネジメント系の論者の記述のほうが力を持っているかにも見える「ワークショップ時代」に、社会学者はどう関わり、それをどう記述したらいいのか、分野横断的に議論をしてみたいと思います。
(より詳細な説明は、前年度例会の趣旨文参照→ https://blog.goo.ne.jp/e-com77/e/80ddb41cd1d4e23b1225598a951f6316

 「ワークショップ時代」というやや唐突なタイトルは、複雑な現状を捉えるために仮置きした感受概念です。様々な領域において、行政や専門家だけでは対応が難しくなっているという感覚が共有され、そうした現状に対して地域住民、市民ボランティアを意志決定や実践に巻き込んでいくことが期待されるようになっています。各領域の専門家にも、そのような場を設定し円滑に運営するためのファシリテーターコンサルタントとしてのふるまいが要請されるようになっています。このような「パートナーシップ(協働)」や「ニュー・パブリック・マネジメント」などと呼ばれる趨勢を、単純に「下」からの新しい運動だと称揚するのはおろか、そこに「上」からの統治が及んでいると批判することでも見えてこない、誰が何をどのように主導しているのかも特定し難い複雑な現実があるように思われます。この時代の特徴を、より具体的に共有していきたいと思います。行政もコンサルタントも地域住民も、企業も、研究者も、一アクターとして知を持ち寄り、社会の様々な意志決定を行うようにふるまうことが求められる現代の姿(「統治」)を改めて考えてみたいと思います。
 そして、その何をどう描いたら、このような現代の特徴を社会学的に描いた(「社会記述」)ことになるのか、議論していきたいと思います。ありがちな記述をどう超えるか、住民運動や市民ボランティアに期待する論理に内在して自治や参加型意志決定を権力に対置して寿ぐのでも、結局は権力・統治の片棒を担いでいるのだと上(外)から批判を展開したりするのでもない形で、一市民としても記述者としても巻き込まれているこの現実に挑む上での、地図と悩みを共有する場としたいと思います。その際には、社会学者はどこに軸足を置けばいいのか、進行中のワークショップ時代の統治の外部なのか内部なのか、その記述はワークショップ的なるものを担う専門家(コンサルタント)や行政の報告書や提言とは何が異なるのか、といった問題にもつらなってくるかと思います。

2020年12月大会から2021年3月例会へ
 1年目の研究例会とテーマ部会では、いま述べたような実践志向が強い分野として、研究例会ではワーケーションとアートプロジェクト、テーマ部会ではまちづくりをとりあげ、その分野で日々活動している人々に対して、社会学者がどうかかわり、また独自の記述や活動を行うことができるのかを考えました。
 12月大会で扱った、まちづくりの分野を例にして説明すると、1960年代の革新自治体の台頭あたりから、都市計画への住民参加が考えられるようになります。近代的都市計画を支えてきた、トップダウン型の、専門家主導の計画から、ボトムアップ式の、住民参加型のまちづくりへ、という構図がここにはあります。社会学者もこの構図に寄与したと思われますが、大体1990年代頃から、置き換えられるべき理想は徐々に現実のものとなっていきます。そのなかでやがて、市民参加や住民自身の選択という理想を掲げることは、いわゆる新自由主義的な自己責任とコストカットを下支えすることになってしまうのではないかという指摘がなされるようになり、これにも社会学者はかかわってきたと思います。
 しかし、こうした参加や選択への志向が根付き常態化し、もはやまちづくりのさまざまな活動の前提条件のようになってくるとき、かつては有効だったかもしれない「新自由主義的」というような批判はどこか空を切ってしまうことになります。また、述べたような志向が常態化してくるとき、もちろん社会学者が必ずそうというわけではないのですが、「○○化」のような外在的な批評を行うスタンスのプレゼンスはかつてのようなものではなくなり、それよりも計画などのハード面、あるいは参加・対話といったソフト面における、目に見えて役に立つスキルをもったまちづくり実践者のプレゼンスが相当高くなってきます。ワークショップそれ自体が特にそうであるような、外在的批評がワークショップの肥やしとして取り込まれてしまう、実践の外部がないような状況の広がり、ダイナミズムも含めていうこともできます。
 このような状況はもう少し広く観察できるように思われます。ではこのようななかで、社会学者は各種の対象にどう関わり、どう記述をしたらいいのか、この2年目、特にこの研究例会では、歴史研究を行っているお二人にご報告いただき、述べてきたような状況の構成を時間軸も含めてどう考えていくことができるのか、あるいはどんなことが考えられねばならないのか、話題提供をいただいたあとにフロアの皆さんとディスカッションできればと思っています。

2020年:回顧と展望

 アラフィフ突入。2月末からロンドンへ行く予定だったが、前日に本務校から渡航禁止指示。ここからは急転直下の展開だった。オンライン授業への対応に追われた4月と5月の記憶はあまりなく、読書時間を確保できるようになったのが6月以降。外出は週に一回のペースとなり、今年一番の遠出は本務校となった。
 対面授業を求める声には悩まされた。中央と早稲田と本務校の講義科目はすべてオンデマンド型配信授業、武蔵美は10月中旬まで対面(ハイブリッド)授業、本務校ゼミでの対面授業は10月末の一回のみ。関東と関西の違い、都心と郊外の違い、自宅生と下宿生の違いなど、いろいろ考えさせられた。
 お金の使い方も変わった。オンライン授業が始まる一週間前にノートパソコンが故障し、緊急事態宣言下ですぐに買い換えることもできなかった。ADSL回線から光回線に変更し、iPhoneも買い換え、在宅勤務による腰痛対策でこたつ付きのテーブルと椅子を導入。ネット通販で室内着を次々購入するようになり、地元商店街を応援するプレミアム付き商品券で書籍を買うようになった。
 今年公開された業績は、論文2つと書評1つ。『年報社会学論集』の原稿は英訳したので、いずれ公開するつもり。

・(書評)「『野中モモの「ZINE」小さなわたしのメディアを作る』」『HITE-Media』、2020年6月、http://stg.hite-media.jp/journal/218/
・「1950年代の生真面目な広告批評――嫌われ者である広告をなんとかして機能させようとした先人たちの生真面目さに学ぶ」『図書新聞』(第3460号)、武久出版、2020年8月15日
・「2020年東京大会のエンブレム問題と社会学的記述:デザインの「作り方」と「使い方」に注目して」『年報社会学論集』(第33号)関東社会学会、2020年7月、pp.14-23
・「「観察者」としての戸田ツトム:デザインはいかにしてメディア論の問題となるのか」『ユリイカ』(2021年1月臨時増刊号)青土社、pp.255-267、http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3509

 理事(研究委員)を務める関東社会学会は例会と大会を延期して開催。Zoomでいろいろな研究会に参加できるようになったのは新鮮だった。

・(司会)「ワークショップ時代の統治と社会記述」関東社会学会研究例会、2020年8月22日、オンライン、http://kantohsociologicalsociety.jp/meeting/information.html#section_2
・(司会)「ワークショップ時代の統治と社会記述―まちづくり・ワークショップ・専門家―」第68回関東社会学会大会テーマ部会B、2020年12月13日、オンライン、http://kantohsociologicalsociety.jp/congress/68/points_themeB.html

 さて来年は、国立新美術館での佐藤可士和展の図録原稿(4万字)と大阪・関西万博のロゴマークについて紀要論文が春までに出る予定。『デザイン史の名著(仮)』の執筆が止まっていたので、こちらは来年に書き上げたい。余裕があれば、個別論文をまとめた論集も。すっかり中年になってしまいましたが、まずは健康第一でやっていきたい。

 本年もお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

2019年:回顧と展望

 本務校も10年目。学内外の仕事も変わり始めた一年だった。

 昨年出版した『現代文化への社会学』には、木島由晶さんからありがたい書評をいただいた(『図書新聞』第3392号、2019年3月23日)。「邪道書店」という言葉選びはかなり悩んだが、結果的には反応がよかった。入場料が必要な書店も登場したりで、業界の掟破りはこれからも続くのでは。
 セルフサービス論のほうは反響が少ないのだが、セルフレジの設置やキャッシュレス決済が一気に進み、社会の風景がずいぶん変わったなと思う。「スマートに節約する」のが初期設定になりつつあるが、現金利用者がいつの間にか「情報弱者」に見えてしまうのはかなり気持ち悪い。
 「計画的陳腐化」や「意図的な老朽化」といった議論を再構成できたらと思うのだが、気がつくと素朴な疎外論になっていたりでこれもなかなか難しい。楽に書こうとすると、老害エッセイにしかならない。

・【トークイベント】高野光平+加島卓+飯田豊「1990年代から見る平成史」、2019年1月14日、湘南蔦屋書店
・加島卓「パソコンと意図的な老朽化」、『しししし』(vol.2)双子のライオン堂、2019年1月、pp.168-169、https://shishishishi.liondo.jp/

 オリンピック関連だと、「2018年読書アンケート」(『みすず』no.678、2019年1月・2月合併号)で五十嵐太郎さんに『オリンピック・デザイン・マーケティング』を取り上げていただいた。デザインの造形的な価値とマーケティング的な価値のせめぎ合いとしてオリンピックを記述する方法は新国立競技場にも応用できそうなので、そういう本を読むのが待ち遠しい。
 関東社会学会ではワークプレイス・スタディーズの一つとしてエンブレム問題の分析を紹介し、知的財産権の関係者とはオリンピックの便乗商法(アンブッシュマーケティング)対策に関するトークイベントを行い、世田谷市民大学では映像と併せてエンブレム本を丁寧に解説した。多くの方にお読みいただいているようで本当にありがたい。

・加島卓「デザインの「作り方」と「使い方」:エンブレム問題におけるメディアの送り手と受け手のワーク」、第67回関東社会学会、2019年6月8日、早稲田大学http://kantohsociologicalsociety.jp/congress/67/points_program.html#theme-a
・【トークイベント】加島卓+友利昴+足立勝「オリンピック×知財―オリンピックは誰のものか」、2019年7月29日、サイボウズ株式会社、https://infinity-ip0729.peatix.com/
・加島卓「エンブレム問題から考える建築の公共性と創造性」『建築雑誌』(vol.134、No.1728)日本建築学会、2019年9月、pp.7-8、http://jabs.aij.or.jp/backnumber/1728.php
・2019年後期 世田谷市民大学 『オリンピックとデザイン』、https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/bunka/004/007/d00130824_d/fil/kouki.pdf

 『現代思想』の考現学特集は社会調査とデザインの関係を考えるよい機会になった。読むのは面白いけど、論文にするのはかなり難しいのが考現学。先行研究の偏りも目立ち、商売や自己PRのために考現学を利用する書き手も多い。いろいろ考えた結果、「デザインにとって調査とは何か?」という問題設定にして、建築におけるデザイン・サーヴェイとプロダクト・デザインにおけるデザイン・サーヴェイを紹介することにした。
 一番の発見は、千葉大学工学部工業意匠学科で地道なフィールド調査を積み重ねていた宮崎清さん。宮本常一の指導も仰ぎながら農村における家電の普及状況などを調べ、最終的には「藁(わら)」の研究に辿り着いている。宮崎さんの調査報告書を丁寧に読むと、家事労働のパラドックスなど社会学と共通する知見が出てきたりもする。その面白さに気づき、刊行後すぐに連絡を下さったのは祐成保志さん。考現学業界は佐藤健二さんや祐成さんのお仕事にもっと注目して、知見をちゃんと積み重ねてほしい。
 

・加島卓「二つのデザイン・サーヴェイ:考現学以後の建築とプロダクト・デザイン」『現代思想』(2019年7月号)青土社、pp.182-190、https://www.amazon.co.jp/dp/4791713834/

 2020年の秋に国立新美術館で「佐藤可士和展」(https://kashiwasato2020.com/)が開催されるので、これに関する研究も始めることにした。できれば、一冊にまとめたい。今年の後半はこれにかなりの時間を費やしたけど、まだまだこれから。

・加島卓「管理者と制作者の関係を読む」、第21回史料データセッション、2019年11月10日、学習院女子大学http://socio-logic.jp/sociology/datasession/
・加島卓「佐藤可士和論」、第67回文化社会学研究会、2019年12月14日、早稲田大学

 東京大学文学部での講義「デザインの社会学」を発展させてデザイン史やデザイン論の古典を紹介する出版企画が通ったので、こちらは丁寧に進めていきたい。俺流デザイン史や俺流デザイン論の終わりなきバージョンアップに振り回されるのはしんどいので、人類のためにもここは勇気を出して「古典」を紹介するつもり。社会学者がデザインを研究するための足場もここで整えておきたい。関東社会学会の理事(研究委員)にもなったので、来年は司会業が増えるかもしれません。

 今年もお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします。

2018年:回顧と展望

 『オリンピック・デザイン・マーケティング』(河出書房新社)から一年。書評や著者インタビューが出て(日本経済新聞毎日新聞図書新聞、東京人)、全国学図書館協議会選定図書にも選ばれ、2018年は恵まれた年だった。
 関連イベントでは、河尻亨一さんと佐野研二郎さんへの評価を共有することができた。永田晶子さんとのイベントは日本デザイン振興会から声を掛けて頂いたもので、JAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)でも告知され、トップページのバナー画像(東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会エンブレム第1回設計競技について)が削除されるなど、ある種の応答を感じられる年でもあった。

・【対談】加島卓+河尻亨一「2020年の東京とデザイン」(2018年1月17日、二子玉川蔦屋家電)、https://note.mu/oxyfunk/n/n90ec9d607108
・【対談】加島卓+永田晶子「『オリンピック・デザイン・マーケティング エンブレム問題からオープンデザインヘ』発刊記念トーク」日本デザイン振興会(2018年3月21日、東京ミッドタウン)、https://www.jidp.or.jp/ja/2018/04/10/odm_report?query=tagNames%3DREPORT%26categoryCodes%3Dtokyodesign2020
・【報告】加島卓「エンブレム問題から考える社会とデザイン」東京大学・社会を指向する芸術のためのアートマネジメント育成事業(AMSEA、2018年6月18日(月)、東京大学)、https://amseaut.blogspot.com/2018/06/amsea2018b1-12.html

 『現代文化への社会学』(北樹出版)もようやく刊行。大学生よりも専門学校生が輝いて見えた1990年代をどう書くのかはまだ悩んでいる。これは学部生向けの教科書なので90年代論ではなく、90年代に若者だった親世代とその子ども達の関係を踏まえた友達親子時代の文化社会学にしたつもり。
 「外食:セルフサービスの空間と時間」は、本務校の学生に町田のせこい居酒屋に連れて行ってもらったのが執筆のきっかけ。飲み放題+食べ放題なのにお皿やグラスの交換ルールがすごく厳しく、ちっとも落ち着かなかった。「書店:邪道書店の平成史」は、2015年にやっていた町田×本屋×大学がきっかけ。ブックカフェで働きたい人は増えても、本棚を作れる書店員が増えるわけではないのが難しいところ。
 『メディア社会論』(有斐閣ストゥディア)もやっと刊行。ウェブ広告の動向を追いかけるのは本当に大変なのだが、2014年頃に導入されたアドテクノロジー(リアルタイムオークションなどの広告配信技術)は画期的だったと思う。その業界で活躍している卒業生に原稿を読んでもらったりした思い出の原稿。

・「書店:邪道書店の平成史」+「外食:セルフサービスの時間と空間」、高野光平+加島卓+飯田豊(編著)『現代文化への社会学:90年代と「いま」を比較する』北樹出版、2018年、https://www.amazon.co.jp/dp/477930587X/
・「ネット広告の功罪:監視社会と消費行動への自由」、『メディア社会論』有斐閣、2018年、https://www.amazon.co.jp/dp/4641150559/

 学術誌関係は三つ。

・「広告研究の方法としてのオーラル・ヒストリー―広告史を中心に―」『メディア史研究』(第43号)メディア史研究会、2018年3月、pp.36-52、http://www.yumani.co.jp/np/isbn/9784843353356
・「書評:「被害者」の資料をいかに扱うか」『戦争社会学研究』(第2巻)戦争社会学研究会、2018年、https://www.mizukishorin.com/02-4-2
・「メディア史とメディアの歴史社会学」『マス・コミュニケーション研究』(第93号)日本マス・コミュニケーション学会、2018年7月、pp.61-74、https://www.jstage.jst.go.jp/article/mscom/93/0/93_61/_pdf/-char/ja

 報告関係は二つだが、今年はラジオの仕事もあった。

・「『スポーツ雑誌のメディア史』を読む」京都大学大学院教育学研究科ミニ・シンポジウム「スポーツ・メディア研究のデザインをめぐって」(2018年1月21日、京都大学教育学部第一会議室)、https://www.educ.kyoto-u.ac.jp/archives/5930
・「〈西から〉広告の歴史を考える:萬年社(大阪)を中心に」日本マスコミュニケーション学会第36期第5回研究会(メディア文化研究部会、2018年3月16日(金)関西学院大学大阪梅田キャンパス)、http://www.jmscom.org/event/meeting/36/36_05.pdf
・【ラジオ出演】加島卓「そのコトにプレミアム料金を払いますか? 〜課金化する社会」『文化系トークラジオLife』(2018年8月26日、TBSラジオ)、https://www.tbsradio.jp/290876

教育関係だと、本郷で講義の機会を頂いた。

・2018年度秋学期 東京大学文学部「社会学特殊講義IX(デザインの社会学)」

 本務校はいよいよ10年目。仕事も白髪も増えてきた(涙)。1月14日(月・祝)には、湘南蔦屋書店で『現代文化への社会学』へのトークイベントがあります(http://real.tsite.jp/shonan/event/2018/12/-1990.html)。来年は東大での講義ノートをまとめ、『デザイン史の名著』(仮)を書くのが目標。

 今年もお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします。

2017年:回顧と展望

 本務校も八年目。すっかり中年の顔になりましたが(涙)、今年は何よりもエンブレム本を刊行できたのが嬉しかったです。脱稿したのは三月中旬で、四月から六月に下読みと加筆修正を行い、八月から一〇月はゲラの校正、そして一一月と一二月に販促イベント。エンブレム本に関する研究報告もいくつか行い、ありがたいコメントを沢山頂きました。三月の脱稿した夜に新宿のとんかつ屋『三太』へ駆け込み、帰りに南口前の歩道を誰もよりもゆっくり歩いたのは忘れられません。

・『オリンピック・デザイン・マーケティング:エンブレム問題からオープンデザインへ』(河出書房新社、2017年)、https://www.amazon.co.jp/dp/4309248357/、※サポートページ(http://d.hatena.ne.jp/oxyfunk/20171120
・「デザインは社会を変えることができるのか」、幅允孝(監修)『デザイン イズ デッド?』ダイヤモンド社、2017年1月、pp.48-53、https://www.amazon.co.jp/dp/4478068712/
・「エンブレム問題と「出来レースかどうか?」:旧エンブレム選考過程に関する調査報告書とJAGDA文書」、第11回史料データセッション(2017年5月20日学習院女子大学
・「エンブレム問題の社会学:市民参加型社会における専門家の居場所」、第65回関東社会学会大会(2017年6月4日、日本大学文理学部)、http://kantohsociologicalsociety.jp/congress/65/program.html
・「エンブレム問題からオープンデザインへ」、第63回文化社会学研究会(2017年6月10日、早稲田大学
・「オリンピックと都市景観の社会学:マークの不正利用からエンブレムの商業利用へ」第90回日本社会学会大会(2017年11月4日、東京大学
・加島卓+山本貴光「エンブレム問題から考えるデザインの過去と未来」(2017年12月20日、神楽坂・モノガタリ

 エンブレム本以外だと、書評の仕事が多い年でした。厳密に言うと、書評以外の仕事を先送りするしかない状態だったので(すみません…)、来年は挽回に努めます。

・「書評 『映像文化の社会学』」『書斎の窓』(第650号)有斐閣、2017年3月、pp.65-69、http://www.yuhikaku.co.jp/static/shosai_mado/html/1703/11.html
・「地方暮らしの幸福論をめぐって:轡田竜蔵『地方暮らしの幸福と若者』の書評」、2017年度青少年研究会第1回例会(2017年5月13日、日本大学文理学部
・「書評:木下直子著『「慰安婦」問題の言説空間』」2017年度戦争社会学研究会関東例会(2017年12月2日、埼玉大学

 博論本に続きエンブレム本も「歴史社会学」だったため、方法論に関する仕事もありました。メディア史、社会史、歴史社会学、社会構築主義知識社会学、言説分析、概念分析あたりに沢山のヒントを頂いているので、それらをどうまとめるのかが来年以降の課題。

・「広告研究の方法としてのオーラル・ヒストリー:広告史を中心に」、メディア史研究会2017年度研究集会(2017年9月2日、アジア会館)

 教育関係だと、本務校の教え子の結婚式に出たり、武蔵美の教え子の活躍を知れたことが嬉しかったです。本務校は来春に改組を控え、文学部から文化社会学部になります。非常勤先は早稲田大学中央大学、武蔵野美術大学桑沢デザイン研究所でしたが、来年は少しやり方を変えます。今年もいろんなお話がありましたが、この社会は本当に複雑ですね。これからも丁寧に頑張ります。
 一月には、『〈広告制作者〉の歴史社会学』の二刷が出ます。ありがたいことに、エンブレム本関係でイベントがいくつか続きます(1月17日(水)に二子玉川蔦屋家電で河尻亨一さんとトークイベント、1月21日(日)に京都大学で『スポーツ雑誌のメディア史』と『オリンピック・デザイン・マーケティング』の合同セッション、2月10日(土)に双子のライオン堂で読書会)。書評や著者インタビューも予定されており、より多くの方に読んで頂けると大変幸いです。

 今年も大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします。