2019年:回顧と展望

 本務校も10年目。学内外の仕事も変わり始めた一年だった。

 昨年出版した『現代文化への社会学』には、木島由晶さんからありがたい書評をいただいた(『図書新聞』第3392号、2019年3月23日)。「邪道書店」という言葉選びはかなり悩んだが、結果的には反応がよかった。入場料が必要な書店も登場したりで、業界の掟破りはこれからも続くのでは。
 セルフサービス論のほうは反響が少ないのだが、セルフレジの設置やキャッシュレス決済が一気に進み、社会の風景がずいぶん変わったなと思う。「スマートに節約する」のが初期設定になりつつあるが、現金利用者がいつの間にか「情報弱者」に見えてしまうのはかなり気持ち悪い。
 「計画的陳腐化」や「意図的な老朽化」といった議論を再構成できたらと思うのだが、気がつくと素朴な疎外論になっていたりでこれもなかなか難しい。楽に書こうとすると、老害エッセイにしかならない。

・【トークイベント】高野光平+加島卓+飯田豊「1990年代から見る平成史」、2019年1月14日、湘南蔦屋書店
・加島卓「パソコンと意図的な老朽化」、『しししし』(vol.2)双子のライオン堂、2019年1月、pp.168-169、https://shishishishi.liondo.jp/

 オリンピック関連だと、「2018年読書アンケート」(『みすず』no.678、2019年1月・2月合併号)で五十嵐太郎さんに『オリンピック・デザイン・マーケティング』を取り上げていただいた。デザインの造形的な価値とマーケティング的な価値のせめぎ合いとしてオリンピックを記述する方法は新国立競技場にも応用できそうなので、そういう本を読むのが待ち遠しい。
 関東社会学会ではワークプレイス・スタディーズの一つとしてエンブレム問題の分析を紹介し、知的財産権の関係者とはオリンピックの便乗商法(アンブッシュマーケティング)対策に関するトークイベントを行い、世田谷市民大学では映像と併せてエンブレム本を丁寧に解説した。多くの方にお読みいただいているようで本当にありがたい。

・加島卓「デザインの「作り方」と「使い方」:エンブレム問題におけるメディアの送り手と受け手のワーク」、第67回関東社会学会、2019年6月8日、早稲田大学http://kantohsociologicalsociety.jp/congress/67/points_program.html#theme-a
・【トークイベント】加島卓+友利昴+足立勝「オリンピック×知財―オリンピックは誰のものか」、2019年7月29日、サイボウズ株式会社、https://infinity-ip0729.peatix.com/
・加島卓「エンブレム問題から考える建築の公共性と創造性」『建築雑誌』(vol.134、No.1728)日本建築学会、2019年9月、pp.7-8、http://jabs.aij.or.jp/backnumber/1728.php
・2019年後期 世田谷市民大学 『オリンピックとデザイン』、https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/bunka/004/007/d00130824_d/fil/kouki.pdf

 『現代思想』の考現学特集は社会調査とデザインの関係を考えるよい機会になった。読むのは面白いけど、論文にするのはかなり難しいのが考現学。先行研究の偏りも目立ち、商売や自己PRのために考現学を利用する書き手も多い。いろいろ考えた結果、「デザインにとって調査とは何か?」という問題設定にして、建築におけるデザイン・サーヴェイとプロダクト・デザインにおけるデザイン・サーヴェイを紹介することにした。
 一番の発見は、千葉大学工学部工業意匠学科で地道なフィールド調査を積み重ねていた宮崎清さん。宮本常一の指導も仰ぎながら農村における家電の普及状況などを調べ、最終的には「藁(わら)」の研究に辿り着いている。宮崎さんの調査報告書を丁寧に読むと、家事労働のパラドックスなど社会学と共通する知見が出てきたりもする。その面白さに気づき、刊行後すぐに連絡を下さったのは祐成保志さん。考現学業界は佐藤健二さんや祐成さんのお仕事にもっと注目して、知見をちゃんと積み重ねてほしい。
 

・加島卓「二つのデザイン・サーヴェイ:考現学以後の建築とプロダクト・デザイン」『現代思想』(2019年7月号)青土社、pp.182-190、https://www.amazon.co.jp/dp/4791713834/

 2020年の秋に国立新美術館で「佐藤可士和展」(https://kashiwasato2020.com/)が開催されるので、これに関する研究も始めることにした。できれば、一冊にまとめたい。今年の後半はこれにかなりの時間を費やしたけど、まだまだこれから。

・加島卓「管理者と制作者の関係を読む」、第21回史料データセッション、2019年11月10日、学習院女子大学http://socio-logic.jp/sociology/datasession/
・加島卓「佐藤可士和論」、第67回文化社会学研究会、2019年12月14日、早稲田大学

 東京大学文学部での講義「デザインの社会学」を発展させてデザイン史やデザイン論の古典を紹介する出版企画が通ったので、こちらは丁寧に進めていきたい。俺流デザイン史や俺流デザイン論の終わりなきバージョンアップに振り回されるのはしんどいので、人類のためにもここは勇気を出して「古典」を紹介するつもり。社会学者がデザインを研究するための足場もここで整えておきたい。関東社会学会の理事(研究委員)にもなったので、来年は司会業が増えるかもしれません。

 今年もお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします。