生存戦略としての章立て

 自分の出来はともかく、人の論文に対してコメントする機会が増えた。昨年もそうだったが、1月や2月は論文提出の時期なので、奇妙なまでに啓蒙的になる。今年は学部卒業論文の発表を各所で聞いたので、以下のような「理想論」を、今のうちにぶちまけておきます。

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 論文として文字量が多いわりには、「論」が転がっていない。これはインターネット経由でアクセスできるデータベースが、ある程度充実しているために生じる効果であろう。データベースという「二次資料のさらなる資料化」が、資料の全体性を不当に無視した形で行われてしまうのだ。

 その理由は、論文における「問題意識」が不明確だという点にある。だからこそ、調べられたことが、そのまま「並列的に」記述されてしまう。しかし、なぜそれらは、そのような順番で記述されなくてはならないのだろうか。論文と「リスト作り」は、異なる作業である。その意味で、論文においては「記述の順番」が重要である。

 「論」が転がらないのは、「記述の順番」を、まだ十分に意識できていないからである。では、どうすればいいのか。まず、「問題意識」を設定することである。そして次に、その問題意識に対応した「記述の方法論」を選択することである。この二つがはっきりしてくると、論文における記述の順番、つまり「章立て」ができるようになる。

 といっても、「問題意識」は、なかなかみつからない。しかし大学の先生は、「あなたの問題意識は何ですか?」という呼びかけを引き受ける覚悟しか、教えてくれない。「問題意識」そのものは、執筆者にしか設定できないものだからである。

 実のところ、これが結構しんどい。なぜなら問題意識探しには、決定的な終着点がないからである。だからこそ、問題意識探しが自分探し(私は一体何者なのだ…)になってしまったり、カリスマ探し(あの人の意見に乗っかれば大丈夫だろう…)になってしまうこともある。

 しかし、このどうしようもない不安定さに気がつけば、ある意味ではチャンスである。その不安定さから、一定の距離をとるための戦略を探せばよいからである。問題意識の設定と記述方法の選択は、その意味で、ある種の断念(私はすべてを知ることはできないし、かといって「あの人」と同じなのでもない…)を伴った、生存戦略なのである。

 執筆者よりも情報不足であるゼミの仲間がコメントできるようになるのは、このような生存戦略としての「章立て」が示されてからである。でなければ、単なる事実確認のゲームになってしまい、それは結局のところ「あれも足りない、これも足りない」といった、「リスト作り」になってしまう。

 勿論、事実確認も重要である。しかし「問題意識」を設定し、「記述の方法論」を選択し、「章立て」を作るということは、ある意味では、「○○について、・・という条件を設定するので、すべては書けません、本当にごめんなさい」という宣言である。だから、それを無視して「あれも、これも」というのは、実のところ執筆者の話には耳を澄ましていないということなのだ。

 したがって、せいぜいゼミの仲間にできるのは、「○○について、・・という条件設定で書くことは、果たして妥当な選択なのだろうか、それで○○についての知見がどのように引き出せるのか」を問うことである。質問する人が知っていることをみんなの前で披露することではなく、執筆者の話に真剣に耳を澄ますことが重要なのである。論文を審査する人も、執筆者よりは情報不足であったりすることが多いので、その意味でも、「問題意識」の設定、と「記述の方法」の選択から導かれる、「論」の転がり方が、評価の対象なのである。

 ここまでの意味で、論文にはある程度の妥当性は必要だが、それはゼミのみんなで検討すればいい。これ以上に大事なのは、その執筆者にしか問題設定できないことを、少しでもいいから、しっかりと書いてみることである。

 論文を「必修課題」として消極的に捉えてしまうと、書くことに苦しんでしまうかもしれない。しかしこのような機会、つまり自分がどのようにでも設定できる意見に他人が真剣に耳を澄ましてくれる機会は、全ての人々に等しく与えられてはいない。だからこそ、4年間、もしくはそれ以上かけて経たこの貴重な機会を無駄にしないためにも、論文は「自己表現の機会」として積極的に捉えたほうが、楽しめるのではないだろうか。

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 どんな自戒を込めたとしても、現在の身分を勝手に乗り越えた、単なる妄想であることには変わりありません…。口頭ではすらっと言うくせに、このように書いてみると、「俺、相当やばくねぇか」とかなり凹む。言っていることと、やっていることを、完全に一致させる必要は全くないと思いますが、今後は自分の課題に専念します。Bonobosのベスト盤を聞きながら、反省します。てか、このジャケット、信仰団体のキャンペーンソングに見える。

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