急行の身体/各駅の身体

 工場やダムに「萌える」写真集が話題のようだが、私の好みは「鉄塔」である。といっても、それぞれを「ドラキュラ鉄塔」や「ジャミラ鉄塔」と分類する程ではなく、なんとなく空を一緒に眺めるのが好きな程度だ。だから本当は「ゴルフセンターの鉄柵」でも、「電車の送電線」でもかまわない。チャットモンチー「世界が終わる夜に」のPVは、そんな私のぼんやりとした好みにやさしく応えてくれている。
 
 ところで郊外から都内へ通うようになり、「急行の身体」とでも呼ぶべきものを身につけた。うまく説明できるかはわからないが、これは「各駅の身体」とは異なるものである。簡単に言えば、一日の始まりと終わりには、それなりに混雑した電車に身を委ね、リュックの向きや立ち位置に腐心しながら、ぼんやりと通過駅を眺めるような経験が日常化した状態のことである。
 
 不思議なことに、この「急行の身体」に慣れてしまうと、ちょっと近所のスーパーに行った程度では、外出した気分にならなくなってしまう。郊外に住む者にとって、外出とは「急行」に乗って「都内」へ行くことかのように思えてしまうのだ。だから他方の「各駅の身体」とは、そもそも都内に住まい、近所に買い物へ行くことや、「各駅停車」で移動することが外出になりえる経験だとも言えよう。
 
 上京して部屋探しをするという機会がなかった私にとって、また「急行の身体」が身に染みてしまった者にとって、「各駅の身体」は、ちょっとした憧れなのである。
 
※季刊『d/SIGN』(第15号、太田出版、2007年)に、「広告写真の居場所」と題した書評が掲載されました。本号の特集「写真都市」というコンテクストで、佐野寛『メディア写真論』(パロル舎、2005年)を取り上げています。「つまらない」と切り捨てるのではなく、そのつまらなさがどのように出来上がってしまうのか(そして、なぜそれが止められないのか)と思考を転換し、述べたつもりです。

季刊デザイン no.15 (15)

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youtubeを再生したら、映像と音楽がかなりズレている(涙)。チャットモンチーのPVは秀作なので、そちらをどぞ。
チャットモンチー レストラン 前菜 [DVD]

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