高校における専門教育と教養科目

 ご無沙汰です、元気にしています。「高校でも教えているようだが、一体何を?」と聞かれることが多くなったので、簡単に記しておきます。

 勤務地の一つである「埼玉県立芸術総合高校」(http://www.geiso-h.spec.ed.jp/index.html)は、2000年4月に開設された、美術科・音楽科・映像芸術科・舞台芸術科からなる総合高校。一般教科が2/3、専門科目が1/3のカリキュラム構成で、専門科目に応じた設備と施設を持ち、様々な外部講師や学校外施設と連携している。

 非常勤講師として籍を置いている「映像芸術科」は、「伝えることで学ぶ」をテーマに、映像制作を通して、社会と芸術、自己と他者の関係などを考えることが学科の目標。生徒は、ビデオ表現、CG、写真の三専攻に分かれ、学年末制作を踏まえた卒業制作を経て、芸術表現系やメディア社会系への学校へ進学していく。

 担当の「映像媒体論」(50分×2)は、三年生を対象にした選択科目の一つ。実習系の科目が多いなか、「メディアとは何か」を考え、言語化することを通して、映像芸術科での高校生活を他者にも伝達可能にするためのトレーニングを行う、講義系の科目。端的に言えば、普通科の生徒とはやや異なる高校生活を、より良く進路に活かすための小論文対策。

 今年度の前期は、山中速人『娘と話すメディアってなに?』(現代企画室、2009年)をテクストに指定。受講者全員は、毎回各章を読み、キーワードを10個以上選んだ上で要約を書き、それを授業内で各自発表し、その後はディスカッション。要約の書き方を鍛えると同時に、テクストに書かれた語句の理解やメディアについての理解を深めてもらうのが狙い。

 対話形式でマスコミュニケーション理論の学説史をなぞりつつ、多民族社会におけるコミュニティメディアの可能性と困難にまで触れている秀逸なテクストだったので、生徒の学習効果も見えやすかった。

 後期は、『高校生のための現代思想ベーシック:ちくま評論入門』(筑摩書房、2009年)がテクスト。受講者全員は、毎回各章三つの評論文を読み、担当者は、キーワードを挙げた要約を書くと同時に、それを踏まえたエッセイも執筆。授業の前半は、テクストに書かれている内容を理解することに務め、後半は、テクストを踏まえたエッセイを基に、生徒は自分の好き嫌いを述べたり、紹介したりする。国語科のように読解を優先するのではなく、評論文の執筆者へ突っ込みを入れながら、自分の立場を明確にできるようになってもらうことが狙い。

 このテクストは現代思想入門なので、教員の事前勉強(笑)が、生徒の学習効果にモロに反映される。ともかく、涙ぐましい努力により、「芸術が好き→文章読まなくても良い」といった短絡だけは確実に解除。当たり外れのある、やや難しい文章を読むことで、そんなに難しく言わなくても十分なことがどの辺りにあるのかを掴んでもらっている。

 なぜ、このようなやり方なのか。一つは、映像という特性による。美術や音楽や舞台は、活動としての自律性が高い(美術のための美術など)。それに対して、映像はどうしようもなく、活動のネタを外部に求めなければならない。そうした事情から、それに関わる者は社会を観察する方法を身につけなくてはならず、そのためにも状況を把握するための語彙力が不可欠だからである。

 もう一つは、高校から大学への接続(トランジション)の難しさに、柔軟に対応させるため。端的に言えば、高校で専門的な実技を身につけてしまうと、大学での実習科目が退屈になり、場合によっては通学動機を失わせてしまう。美術や音楽のように、徒弟的な訓練による段階的な評価や社会的上昇を大学という制度に組み込めていない映像は、一度身につけてしまえば、ある程度の満足を以て、作品制作からの離脱者が生まれやすい。これを「退学」に直結させないため、またこれまでの学習経験を他の活動に転移させやすくするためにも、ある程度の教養が不可欠だからである。

 かつては、早い時期からの専門教育の導入に強い関心を持っていた。しかし、そうした試みに向いている領域と、そんなに急がなくても良いというか、ある時期までは放っておいても良い領域がある。映像はそんなに焦らなくてもいいかもしれない。というか、焦ると、場合によっては、生徒自身が通学先や進学先でキツい思いをすることにもなる。これを、自己責任に帰するのは酷だ。それゆえ、三十路半ばのおっさんは、時代錯誤な戯画を演じる十分な力量がないにもかかわらず、教養主義者の物真似をするのである。普通科ではなく、映像芸術科の可能性として。

娘と話すメディアってなに?

娘と話すメディアってなに?

ちくま評論入門 (高校生のための現代思想ベーシック)

ちくま評論入門 (高校生のための現代思想ベーシック)


 いろいろと報告が遅れましたが、5月半ばに東京大学大学院情報学環助教に着任しました。任期3年なので、博士論文の執筆を進めながら、就職活動は続けます。また、「若者にとって〈感覚〉とは何か」という拙稿が『年報社会学論集』(第22号、関東社会学会、2009年)に掲載されたり、「〈広告制作者〉の社会学」という発表を第82回日本社会学会(立教大学、2009年)で行ったりしました。今後とも、どうぞよろしくお願いします。