「どういうわけか」許せない…

 友人の結婚式で、随分と丁寧に作られたパワーポイントを見て、関心したことがある。なんというか、パワーポイント的に話を進めていく身体がしっかり出来ていて、話の内容ではなく、そのようにして話していること自体が、もう一つの内容になっているのである。その方は、製薬会社の営業だった。

 またある時には、官僚や行政の担当者によるパワーポイントを見て、驚いた。どの部署も「詰め込みすぎ…」という意味で、不思議なくらい共通していたからである。とにかく誰がプレゼンテーションするにしても、発表・報告しましたという事実をデータにしておくのが、優先されるのであろう。

 パワーポイントを利用したプレゼンテーションで、レーザーポインタを多用する人がいた。しかし「ポインタを見てください」とは言わない。私だけかもしれないが、それの使用に気付くまでは、見せられているものと話されていることの連関が掴めない。そもそもあんなに小さな光でビュンビュンされてしまえば、報告者以外にそれは見えていないのではないか。

 とある研究報告が、パワーポイントで行われた。あれもこれもとキーワードは沢山出てきたが、接続詞が全くない。そもそもあれとこれは、なぜそのような順番によって述べられなくてはならないのか。またカラフルな図やグラフが出てきたけれども、それらは本当にそのように描かれる必要があるのだろうか。不必要な可視化は、かえって無視されるだけではないか。

 とにかく、パワーポイント語りには切りがない。うまい人に関心する時もあれば、「こいつ、何にも話してなくね?」と疑問を持つこともある。とりわけ直線的な展開を前提としているパワーポイントは、そこに内蔵された時間の流れ方(昔はこれ、現在はこれ、将来はこれ)を、押しつけてくる。そこに内容の個別性は問われない。だからパワーポイントでのプレゼンテーションは、この時間の流れに適った報告内容だけを、そうでないものよりも「うまく」見せてしまう。

 まぁ、これらのことを全部引き算しても、パワーポイントに「行書体」(http://www.akibatec.net/wabunfont/category/gyosho.html)が多用されていると、真面目に凹んでしまう。三流ですらなかったデザイナーの自意識なのかもしれないが、「わざわざフォントを選んた結果がそれですか?」とワナワナしてしまう。他の書体より目立つ相対的な効果は勿論あろうが、年賀状の「あけましておめでとうございます」的な意味がどうしようもなく付着している書体に、さらに影と斜体を加えられたりすると、もはや「笑い」を試されているような気にもなる。

 何も「美的に処理せよ!」と言いたいのではない。そうしようと、なかろうと、報告内容が独自に存在すれば、それでいい。また「フォントのリテラシーを持とう!」と言うのでもない。そんなものは、局所的な楽しみ以上のものにはならないからだ。とはいえ、行書体で「問題意識」や「結論」、さらには「今度の課題」などと書かれてしまうと(トホホ)、その書体からある種の過剰さを受け取らざるにはいられない。

 もしそれが「勘亭流」(http://www.akibatec.net/wabunfont/category/kanteiryu.html)だとしたら、もはやその人とは素直に仲良くしておいたほうが、そして「メディアはメッセージである」といった魔法も封じたほうが、身のためだ。わかる人にはわかるかもしれないが、わからない人にはわからない。何かがたまたま選ばれたということ、そしてそれがどんなにおかしく見えたとしても、それを修整すべきとする合理的な理由を調達することはできない。根拠のなさに対する〈感性〉や〈センス〉、そして〈倫理〉は、ここで呼び出される。

 しかしそうした超越的な審級を実体視した途端に、無限のバリエーション生成を肯定するはずのデザインは裏切られてしまう。デザインが面倒なのは、たとえそれが〈不快〉であっても、それに変更を求める決定的な理由を用意できないことであり、また他方の〈快〉であれば、理由を求めること自体がアホらしくなってしまうことである。格好いいものは格好いいが、格好悪いものは「どういうわけか」許せないというわけである…。


「〈広告制作者〉を書く」という学部生向けエッセイを、伊藤守(編)『よくわかるメディア・スタディーズ』(ミネルヴァ書房、2009年)に寄稿しました。レイヴ&ウェンガーの実践の共同体論(Community of Practice)や正統的周辺参加(legitimate peripheral participation)の学習論を経て、人類学と認知科学を無理矢理に掛け合わせ、クリエイターの人材育成論に直結しそうなインタビュー調査やアンケート調査に失敗してしまった私が、なぜにして歴史社会学を選択するようになってしまったのかという経緯を書いております。近日中に発売されるとのことですので、どうぞご笑読下さい。