2005-02-01から1ヶ月間の記事一覧

『AERA』朝日新聞社、2005年2月28日

週刊誌は、読みたい特集が多ければ買う。今回は「素顔の「電車男」たち」と「お勉強こそリスクヘッジ」。▼「負け犬」だけでなく「電車男」も「勝ち組」という意味では同じ。要するに、そのように名乗れないからこそ、それを名乗る言説が流行するということか…

「ややこしさ」が呼びこむもの。

先週末は民間放送連盟のセミナーとメルプロジェクトのシンポジウムに参加。今年は、メディアリテラシーを語りだした途端にどうしても抜け出せなくなってしまう議論の境界のようなものを再確認した。ゲストの平田オリザさんや桂英史さんのコメントが議論と噛…

「境界線」はなくならない。

いつからか「境界線」という言葉を、自分なりに丁寧に使うようになった。そのきっかけになったのは、杉田敦の「境界線と政治」を『思考をひらく:分断される世界のなかで』(岩波書店、2002年)で読んだ頃からである。 境界線とは、一本なのか複数なのか、実…